夏も早いもので7月18日 、今年はやっと昨日、京都もつゆがあけました。毎日、雨の日が多くて外に出るのがおっくうになっておりました。
さて、昨日、7月17日は無事、今年も祇園祭の山鉾巡行が終了いたしました。雨もなく、ありがたかったですで上記の写真は御池通の巡行前の準備の写真です。毎年、御池通の両サイドには椅子の席が準備されていますここはチケットがないと入れませんが、結構、がんがんに晴れていると、この席も結構暑くて大変です。
ですが一番前からゆっくり見れるので是非、来年はチケットをご購入下さい。ではでは
投稿者:NISHIYAMA RYOKAN 西山 武宏
祇園祭、山鉾巡行が終了しました。今年は例年より人手が少なかったみたいですね。相変わらず京都の景気は悪いのかな?
去年の京都の入洛者数であるとか観光産業の売上高の増加などが景気よく新聞で発表されたりして、かえって現在の落ち込みようが浮き彫りになっています。
さて、巡行が終わると祇園祭も終わりという雰囲気になりますが、明後日の24日には後祭の名残り「花傘巡行」が行われます。これもなかなか華やかな行事です。
花傘と呼ばれる小さな山車(?)や花街の芸舞妓が乗った車、子供神輿など様々なものが列をなして京都の町中を巡ります。三条通や寺町通など、かつて山鉾も巡行した道幅の狭い通りも花傘は巡行します。三条寺町はアーケードがあるので、日差しも遮られて見学するならおすすめの場所です。
7月24日(金)、午前10時に八坂神社を出発です。
同じ日の夕方には還幸祭と言って四条通の御旅所から三基の神輿が八坂神社へ戻るという行事もあります。こちらは大きな神輿を大人が担いで練り歩く、迫力のある行事です。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
7月になりました。毎日蒸し暑い日が続いております。まさに夏。夏好きの私にとってはこのじめじめした感じも、これからうるさくなる蝉も、お肌に厳しい紫外線もすべて必須の要素です。
さて、夏と言えばお祭ですね。京都の夏のお祭りと言えば祇園祭。祇園祭は7月の1ヶ月を通して行われる盛大なお祭りです。今日は吉符入という行事が行われ、すでに祇園祭は始まっています。以下のような日程で様々な行事が行われていきます。
夏の京都へぜひお越し下さい。
1~5日
「吉符入り」各山鉾町の神事の打ち合わせ(八坂神社)
2日
「くじ取り式」17日の巡行順を決めます(八坂神社)
7日
「綾傘鉾 稚児社参」(八坂神社)
10日
「鉾立」各地で鉾の組み立てが始まります。
「お迎え提灯」16:30~21:00 「神輿洗い」17日の神幸祭の神輿を清めます。20:00頃~八坂神社出発-四条大橋
12日
「山建」山の組み立て開始
「鉾引初め」(山鉾町各地)
13日
「曳初め」山の引き初めです。
「稚児社参」長刀鉾の稚児が「お位」を頂く神事(八坂神社)
14~16日
「宵山」人出が日に日に増えます。中京一帯が歩行者天国になり、夜は出店がたくさん。
「屏風祭」・山鉾町の各町屋で秘蔵のお宝が公開されます(山鉾町各地)
16日
「鷺舞奉納」18:00~
「石見神楽奉納」19:00~
スサノヲノミコトのヤマタノオロチ退治を描く(八坂神社)
「あばれ観音」23:00~ 新町通りの錦小路から蛸薬師までを台座に縛り付けた観音様を神輿のように担ぎ往復する。
17日
「山鉾巡行」通常メインとされている山と鉾の巡行。9:00~
「神幸祭」3基の神輿が八坂神社から四条御旅所までそれぞれのコースを巡行。町衆が盛大に神輿を担ぐ様子は、山鉾巡行よりよほど祭っぽい行事です。
四条御旅所に24日まで留まります。その間1週間は「無言参り」と言って古くから芸妓・舞妓がお参りをする風習となっています。
20~22日
「狂言奉納」10:00、12:00、18:00、20:00の4回(八坂神社)
24日
「花傘巡行」傘鉾十基余り、馬長稚児、児武者等が所定のコースを巡行。
「環幸祭」神輿が八坂神社へ還ります。神幸祭同様、神輿を担いで町を練り歩きます。
25日
「狂言奉納」茂山忠三郎社中による狂言奉納(八坂神社)
28日
「神輿洗い」(四条大橋)
31日
「疫神社夏越祭」
参拝者には八坂神社御祭神、スサノヲノミコトの護符と栗餅が授けられます(八坂神社)
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
京都の旅館・南禅寺・八千代。伝統産業が大好きな中西敏之です。
京都の夏はとても暑いです。そんな中、見た目ぐらいは涼やかな.おすすめ.スタイル「浴衣・着物」で京都,観光を楽しみましょう。
今年の夏は 京都府旅館生活同業組合青年部のインターネット委員会のメンバーで、浴衣で活動することにしました。しかし、この歳になるまでなかなか和服を着る機会がなかったため、簡単には着れませんでした。そんなわけで今回は男.性の浴衣の着付けを説明します。
1
まず肌襦袢をつけます。(なくてもOK)これは男.性用のU首のシャツでも代用できます。汗をよく吸う素材のものを使用してください。(ももひきなんか着ると渋いです。笑)次に浴衣を羽織ります。両袖を持って軽く引き、浴衣が体の中心にキチンと来ているかを確認します。
2
まず上前にくるほうの左の身ごろをちょうどよいところまで合わせます。それから、下前と入れ替えます。この時腰から下はしっかりと体に添わせて巻きつけてください。
(もともとは海外のお客様のための写真です。。。ちなみにこれ私です。)
3
腰骨の辺りにしっかりと紐を締めます。紐の上から伊達締めをするとより着崩れを防ぐ事が出来ます。衿は首に添わせてください。その分胸元はゆったりと合わせます。
少し低めに結ぶとこなれた感じになります。
ここまでは簡単ですが、”帯”ここからが難関です。
~帯の結び方・貝の口編~
手先の方は縦に二つ折りにしておきます。
手先30cmのところを体の中心に固定して体に時計と逆周りに2~3回巻きます。(巻く回数は帯の長さと体型によって変わります。)巻き終わったらたれ先を体の内側に二つ折りし、残りの長さを60~70cmほどに調整します。
手先をしたに下げ、二つ折りにした「たれ」を動かして「たれ」で結びます。
「たれ」を綺麗に広げて、斜め下にいったん下ろし、さらに折りあげます。
手先を通して、しっかり結びます。
形を整えて、背中側にぐるりと回して出来あがりです。(時計回りに回します。)
簡単ですが参考になればと思います。
現在は旅館に宿泊される海外の宿泊客の方に浴衣を着付けることが多くなり、私も週に4日ほど職場で着用しています。(外国人のお客様への宣伝です。笑)今ではかっこよく浴衣が着れる様になりました。やっぱり日々の慣れですね。
ブログ投稿者 京都の旅館 南禅寺・八千代
中西 敏之
さて、1ヶ月に渡って行われる祇園祭も残すところ31日の「疫神社夏越祭」のみとなりました。八坂神社内にある疫神社の鳥居に備え付けられた茅の輪をくぐって厄を祓います。お参りした後、御神酒を頂きます。御神酒を頂く素焼きのお皿は持ち帰れます。
むかし、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が南海を旅した際、村一番のお金持ち巨旦将来(コタンショウライ)に一夜の宿を求めたところ断られます。逆に快く受け入れたのが貧しい蘇民将来(ソミンショウライ)。素戔嗚尊は巨旦将来の一族を滅ぼし、蘇民将来およびその子孫のみ厄災から逃れられることを約束します。その際、蘇民将来の親族に目印として付けさせたのが「茅」です。
この昔話から、茅の葉によって厄除けを行うようになりました。祇園祭のちまきや護符に「我蘇民将来之子孫也(ワレソミンショウライノシソンナリ)」と書いてある意味もお分かり頂けると思います。
茅の輪をくぐって厄をよける「夏越しの祓」という行事はこの疫神夏越祭だけでなく、6月の晦日に各神社で行われています。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
また、済んでしまった話で申し訳ないのですが、今日は花傘巡行が行われました。
ヤフーのトップページにも写真が載っていましたが、それほど衆目を集めている行事でもないのが不思議です。
地元の人間もばったり出くわした人が足を止めているか、身内が参加している人が見学に来ているような雰囲気です。
花傘巡行はもともと祇園祭の「後の祭」として24日も行われていた鉾の巡行を17日に統合し、代わりに行われるようになった行事です。子供神輿や和装の女性、花街の芸舞妓さんが列をなして町中を巡ります。
午前10時に祇園の石段下を西へ出発し、四条河原町を北上、御池で西へ曲がり、寺町から四条通へ南下します。四条通を東へむかって八坂神社へ帰ります。
本日、夕方からは四条の御旅所から八坂神社へ三基の神輿が戻る「還幸祭」が行われます。
私は最初、四条河原町で見学しましたが、後に移動した寺町通で見学する方が賢いです。この炎天下ですから、アーケードのある寺町通の方がよほど楽に、また行列を近くで見ることが出来ます。
本日、夕方より四条の御旅所から八坂神社へ三基の神輿が戻る「還幸祭」が行われます。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
何度か雨にも降られましたが、今年の祇園祭も巡行まで無事に終了いたしました。まだ、後祭りがありますね、でも不思議と鉾と山が建ちならぶ14日から16日の間には、必ずといっていいほど、夕立みたいな雨が降りますね!なぜでしょう?今月あまり夕立も無かったような?気のせいでしょうか。それはさておきみなさま祇園祭に行かれた時、子供たちが歌っているのを耳された方が多いのではないでしょうか。今回はそのうたの意味に迫ってみます。
わらべうたは山鉾によって多少は、違いますが。大まかな内容は下記です。
厄よけの お守りはこれより出ます
ご信心の御方様(おんかたさま)は 受けてお帰りなされましょう
ろうそく一丁献じられましょう
常はでません 今晩かぎり
冒頭の「厄よけ」の部分は、授与するお守りによって「火よけ」や「安産」であったりします。また、「常はでません」と歌われるのは14日、15日で巡行を翌日に控えた16日は、「明日はでません」と変わります。逆にお祭り以外でもお守りをもとめることができる占出山では、「常はでません 今晩かぎり」とは歌いません。
投稿者 京都 緑風荘 大野昌帝
参考図書 京都新聞 2008.7.13
先日祇園祭の山鉾巡行が行われました。今年も平日にも関わらず18万人の方が、動く美術館とも言われる華やかな鉾の巡行を見に訪れられたようです。
確かに巡行が済むと祇園祭も一段落といった感じがしますが、実際にはもう少し続いています。巡行が終わった17日の晩も神幸祭が行われました。八坂神社から三基の神輿が四条の御旅所へ向かいます。
そして7日後の24日には花傘巡行と還幸祭が行われます。元々この日は祇園祭の後祭とされ、鉾の巡行もあったそうです。今では鉾の巡行がすべて17日に集められたので、形がかわって、小さな傘鉾や花車、子供神輿、華やかな衣裳の女性や児武者、舞妓さん達からなる900人程の大行列「花傘巡行」となっています。どうしてあまり報道されないのか、いまいち知名度の低い行事ですが、山鉾巡行よりも楽しげに見えます。24日の朝10時、祇園石段下出発です。是非ご覧下さい。
還幸祭は17日の晩に御旅所へ移動した神輿が再度八坂神社に帰る行事です。三基の神輿が町を回って八坂神社へ向かいます。こちらは夕方から夜にかけて行われます。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
869年(貞観11)に疫病が流行したとき、祇園社の祭神、スサノオノミコトの崇りとされ、疫病退散の祈願をしたのを起源とする。当時は、66本の矛を立て、神輿3基でとり行われていました。
当時の市民の気持ちが、この祭りが始まったきっかけなんですね!というわけで、今現在は、鉾は9基・山は23基あります。その鉾・山には、いろいろなお守りを授与できます。
その中でも初めにご紹介いたしますのは、保昌山です。
この山では、華やかな恋のお守りを授与できます。平井保昌が意中の相手に捧げる梅の花を首尾よく手に入れる姿をあらわしており、お守りには神の梅の花があしらわれています。
次は、霰天神山です。
錦小路室町西入るにあるので、錦天神山とも呼ばれます。永正年間(1504~1520)京都に大火があった時、ときならぬ霰が降り猛火はたちまちに消えたが、そのとき屋根の上に一寸二分ほどの(約3.6cm)天神像が降ってきた。これを祀ったのがこの山の起源になります。そこでこの山は「火除け天神」とも呼ばれおり、火除けのお守りを授与できます。
自分の祈願したい鉾や山に行ってお祈りし、お守りを買い歩くのもひとつの楽しみですね。
投稿者 京都 緑風荘 大野昌帝
索引 京都新聞(2008.7.13) 祇園祭山鉾連合会ホームページ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
お祭と言うより神事といった雰囲気の多い京都のお祭り。祇園祭も17日の山鉾巡行は荘厳ではありますが、楽しく盛り上がる行事ではありません。
そんな祇園祭のなかで、少し異彩を放っているのが16日の夜23時に新町通で行われる「あばれ観音」です。南観音山の儀式です。
翌日の山鉾巡行で南観音山に乗せる観音様を布で覆って台座に縛り付け、神輿をつくります。その神輿が町内をかなりの勢いで走り、途中「暴れる」と形容されるように観音様を激しく揺すります。
とにかく布で覆われた観音様が異様です。正直言ってちょっと恐いです。以前見に行った際は、出てきた瞬間に女性からは悲鳴も聞こえました。
祇園祭らしからぬ激しい行事。宵山の締めくくりにご覧になっては如何でしょうか?
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
明日14~16日までの京都市内は「宵山」として賑やかになります。
そもそも「宵山」ってなに?という事ですが、平たく言えば‘前夜祭’です。
その昔60基以上の山鉾があったと言われていますが、現在は32基。
その山鉾が市内中心部を回る行事=巡行、が17日の9時から始まります。
本来は疫神を鎮める為の巡行と伝えられています。
そして、巡行を終えた32基の山鉾はすぐに解体されますが、それも集めた疫神を四散させない為なのです。17日に行われる「山鉾巡行」は1ヶ月続く祇園祭のメインイベント。
さて、‘前夜祭’的な宵山では様々な屋台が並び粽を買ったり、山鉾に乗れたりします。
また老舗や旧家の家法が見られるのもこの時だけです。素晴らしい屏風を見て歩くのも宵山を楽しむ方法の一つだと思います。
私が高校生のときは期末試験も終わり、浴衣を着て「宵山だから」という理由で、ウロウロしました。祇園囃子の鳴り響く夜は祭り気分で、意味も分からずウキウキしたものです。
この時期に京都に来られる方は是非、静かな祭りの雰囲気を楽しんで頂きたいと思います。
投稿者: 祇をん新門荘 山内理江
東山区の元奈古です。
時後報告になり申し訳ないのですが、7月10日に神輿洗式が執り行われました。
祇園祭といえば、鉾や山などのイメージが先行しますが、三基の神輿無くして祇園祭は語れません。
本日、午後6時本殿での奉告祭の後、神輿三基は中央の舞殿に据えられました。
午後7時に先導するかのように松明が四条大橋へ出発し、内一基の神輿が午後7時30分より松明に続き四条大橋の鴨川まで担がれます。
鴨川の橋の上で神輿を清める儀式が行われ、午後8時30分〜9時頃八坂神社に還って、三基の神輿が飾り付けられました。八坂神社では本日から三基の神輿は中央の舞殿に据えられます。
祇園祭といえば鉾や山が華やかですが、今年から三基の神輿に注目するのもまた違った祇園祭を味わえます。いかがでしょうか。
●神輿の主な神事は下記の通です
・15日 宵宮祭
・17日 神輿渡御出発式
・24日 還幸祭
・28日 神輿洗式
投稿者:旅館元奈古東野正和
今日は長刀鉾のお稚児さんの「吉符入の儀」が行われました。2名の禿(かむろ)さんと共に舞が披露されました。四条烏丸を東に行ったとこっろにある長刀鉾の会所で行われます。「太平の舞」と言うそうです。
今年の禿さんは当館ともお付き合いのあるお店の方のお子さんなので、お母様より少し話をお伺いしています。
実はもう一名の禿さんは従兄弟さんなので、一緒ならということでがんばっておられます。
何と言ってもこの季節、お稚児さんや禿さんはもちろんそれぞれの家の方も着物で正装して立ち会わなければいけないので、大変な暑さだそうです。
次のお勤めは12日の「曳初の儀」、13日の「社参の儀」となります。
長刀鉾の会所は四条通という銀行や百貨店が建ち並ぶ京都の大通りに面しています。ビルの間にまぎれて普段はほとんど気に留めることもない小さな建物です。しかし、長刀鉾はこの建物の前に建てられます。
各鉾は10日から組み立てられはじめ、12日には完成します。釘を一本も使わずに縄で縛るだけで組み立てられる様子を地元の人間も観光でお越しのお客様もカメラに納められおられます。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
今月のお題はベタに「祇園祭」です。先月のお題「源氏物語」についてはほとんど記事が書けなくて申し訳ありませんでした。ただ、源氏物語にまつわる行事は来年まで続きますので、また何かあれば投稿したいと思います。
さて、7月1日からは祇園祭です。祇園祭は京都の三大祭のひとつであり、また日本の三大祭のひとつにも数えられています。
しかしながら、祇園祭が1日から始まっていると言ってもピンとくる方は少ないと思います。それは京都に住んでいる人間でも同じです。祇園祭はそれに関わる少数の人(実際には少数ではありませんが140万人の人口からみればごくわずか)によっていつの間にやら進められ、気がつけば宵山に人が押し寄せ、17日の山鉾巡行が終わると、次の日には祇園祭は済んだことのようになっています。
しかし、実際には7月1日から31日まで様々な神事が行われています。祇園祭に無関係な人間はわざわざ首をつっこんで行かないとそれらを見ることは出来ません。神事というものは京都に限らず日本全国の神社で日々ひっそりと行われています。ひっそりと言うか、誰に注目されるかされないかに関わらず淡々と、しかも何百年と絶えることなく行われています。そこがまったくすごいところです。
さて、祇園祭の期間中に行われている様々な行事のうち、特に注目すべきものについて、私は次の記事以降少しずつ紹介したいと思います。
投稿者:旅館こうろ 北原達馬
あれよあれよという間に、6月も終わってしまいました。
さて京都では、源氏物語千年紀でいろいろなイベント等が行われています。
そこで今回はこのパスポートのご紹介です。その名も「源氏物語千年紀記念特別観光パスポート」。これはかなりお得です。
まずゆかりの寺社・施設14ヶ所の特典があります。場所は、上賀茂神社・下賀茂神社・平安神宮・大覚寺・野宮神社・トロッコ電車・文化博物館。平等院・源氏物語ミュージアム等々。
そしてな・な・なんと今年の12月31日までの期間中使い放題。料金は一枚300円ととってもリーズナブルです。
ぜひ京都観光にお越しの際は、お買い求め下さい。パスポートは冊子になっており、11の美しい愛のエピソードを含む24の源氏物語にまつわるストーリーをご紹介されています。
詳細は、下記にて。ホームページはまだまだ更新中で、これから施設や社寺の情報も載るみたいです。
http://www.2008genji.jp/walk/passport.html
情報提供 源氏物語千年紀委員会
投稿者 京都 緑風荘 大野 昌帝